公理としての日本国憲法と基本的人権、権利、自由、義務、公共の福祉、最低貧困ライン、法貨、信用創造の関係性を考察しました。(その13)

公理としての日本国憲法と基本的人権、権利、自由、義務、公共の福祉、最低貧困ライン、法貨、信用創造の関係性を考察しました。(その13)

個人の権利について考察します。

ここで、

自然権である個人は「物理的な存在」と「自由意思」から構成されている。と定義します。

再び、日本国憲法 第二十五条を引用して考察します。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

上記が引用です。

上記の条文の、意味情報を増加し拡大します。

「すべて国民は、「最低限度の」(健康で文化的な生活を営む)権利を有する。」

「すべて国民は、「最低限度の」(公共の福祉)の生活を営む権利を有する。」

「すべて国民は、(国際貧困ライン上で)の生活を営む権利を有する。」

「すべて国民は、(国際貧困ライン以上)の生活のレベルを選択できる権利を有する。」

という意味の文に変換されました。

このすべての国民の権利に対する情報についての上記の条文は、

次の②文の、

「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

という国の努力に対する情報についての条文と対照的な意味の条文となっています。

先ほどの、権利の定義に戻り意味情報を増加し拡大しますます。

「自然権」である個人は、

「物理的な存在」と「自由意思」から構成されている。

個人にとっての権利は、

「物理的な存在」と「自由意思」から構成されている。

個人にとっての権利は、

「(定義された物理的な存在である)公共の福祉」と

「公共の福祉を再評価する(自由意思)」という情報から構成されている。

個人にとっての権利は

「公共の福祉」と「公共の福祉を再評価する」という情報から構成されている。

そして、

「義務」という情報とは、

「権利」という情報を再評価して否定し、部分情報である意味情報を増加し拡大した情報である。と定義します。

個人にとっての義務とは、

「公共の福祉」と「公共の福祉を再評価する」

という情報を再評価し否定した情報から構成されている。

また、「再評価を(再評価する)」と「再評価する」とは同じ意味である。

そして、個人にとっての義務は「公共の福祉を再評価する」という情報である。

また、以前の定義より、

「自由」は「公共の福祉を再評価する」という情報である。

よって、

「個人」の「ある情報」の「義務」という情報と、「自由」という情報は同じ意味を持つ情報である。

「義務」も「公共の福祉を再評価する」という情報である。

「情報」を再評価したものは、また「情報」である。且つ、

「物理的な存在」ではない。

次回に続きます。